「親父っさん、皇帝ペンギンの夫婦でなくてよかったね。」
中学生の次男が野生動物の記録番組を見て発した言葉である。その番組では、皇帝ペンギンのオスが極寒の中、メスのいない2カ月間、飲まず食わずで卵を守る姿を伝えていた。
「この前は、ネンブツダイでなくて良かったねって言われてたよね。」
と、夫に向けて苦笑いの私。ネンブツダイとは、オスが口内保育する「カカア天下」の魚である。こんな会話から、夫はこれらの殊勝なオスとは正反対の人間とおわかりいただけるだろう。家事も育児も私に任せっきり。家ではかなりのお気楽父さんなのだ。
「父さんは人間だから良いんです。外で頑張って働いているから何もしないんです。」
と、開き直る始末。子供にこうも頻繁に指摘されると私も考え直す必要があるかもしれない。
だが、そんな夫に大きな転機が訪れる。米国での単身赴任の辞令が出たのだ。それはもう、大騒ぎになった。何しろ独り暮らしは50年生きてきて初めて。それも日本食の入手も困難な海外での自炊生活を余儀なくされるのである。
「ご飯の炊き方を教えてください。」
渡米を2カ月後に控え、ついに、夫が頭を下げた。料理のスパルタ特訓をしてくれと言うのだ。さすがに何もしない夫も、アメリカで飢え死にするのは嫌だったのだ。さあ、それから毎週末には、夫の作る夕ご飯に子供達もつきあわされる事態になった。
「お米って洗うんだ!?」
「フライパンって、油を先に引くんだ!?」
等と、こちらの目が点になりそうなことに驚いている。私にもかなりの根気が必要な特訓だったが、子供達への思わぬ効果が見られた。
「やっぱ、男は家事も料理もできないとやばいよね。料理できない女子も多いし。」と、長男が言えば、
「友達のお父さん、キャンプで魚さばいて、すげえかっこよかった。お母さんは座ってしゃべってたよ。」と、次男。
そうなのだ。時代は変わり色々な夫婦の形ができつつある。たぶんこれは人間と言う生物のひとつの進化なのだ。草食男子、肉食女子といった新語も生まれ、世間も新しい男女の姿を認めている。ある意味、亭主関白だった我が家も、遅ればせながら夫婦の形が少し進化したのだ。
自炊が出来るようになった夫は、老後の生活にも自信をつけたし、何より家事・料理の猛特訓で会話と笑いが増えた我々を、子供達が好ましく見ている。進化した夫婦のあり方は、結構悪くないようだ。
最近、結婚しない、子供を持たないカップルが増えつつあるが、もっとシンプルに地球上の一生物として進化を楽しめば良いのにと思う。
そうして、人類も命をつないでいくのだから。